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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)195号 判決

控訴人 保津川遊船株式会社

右代表者代表取締役 川本直水

右訴訟代理人弁護士 納富義光

被控訴人 徳岡健次

右訴訟代理人弁護士 上田信雄

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、

被控訴人の方で、

原判決請求原因事実記載(1)の約束手形(以下(一)の約束手形という。)は、被控訴人から株式会社滋賀銀行に裏書され、昭和三四年五月二五日同銀行から株式会社大和銀行に、同銀行から株式会社京都銀行に順次取立委任のため裏書され、同銀行は満期日の同年六月二〇日支払場所で支払呈示をしたが拒絶された。同請求原因事実記載(2)の約束手形(以下(2)の約束手形という。)は、被控訴人から株式会社滋賀銀行に裏書され、同年六月一五日同銀行から株式会社大和銀行に、同銀行から株式会社京都銀行に順次取立委任のため裏書され、同銀行は満期日の同月三〇日支払場所で支払呈示をしたが拒絶された。そして被控訴人は、(1)、(2)の約束手形を受け戻し現にその適法な所持人である。

と述べ、

控訴人の方で、

服部保夫は、昭和三四年五月二五日まで控訴人の代表権をもたない常務取締役であつたが、控訴人のため資金借入をしたり資金借入のために手形を振り出したりする権限をもつていなかつた。したがつて服部が宮司をしていた神社の復興資金等調達の目的で、つまり控訴人のためにする意思をもたずに控訴人の代表取締役川本直水の記名押印を勝手に代行して振り出した(1)、(2)の約束手形は、いずれも偽造のものというべきである(大審院昭和八年九月二八日判決法律新聞三六二〇号七ページ)。服部は、控訴人の専務取締役川本保の方で決裁した個別的事項についてのみ控訴人を代理する権限があつたにすぎず、控訴人のため資金調達をする代理権を与えられていなかつたものである。代表取締役のように広汎な代表権を有する取締役が私腹を肥やす目的で権限を濫用して手形を振り出した場合は、手形の偽造でなく会社に手形責任があるものと解する余地があるけれども、代表権のない常務取締役は代表取締役の委任に基づいてのみ代表取締役名義の手形を振り出し得るのであつて、服部が自己の利益を得る目的で振り出した(1)、(2)の約束手形は偽造のものである。

偽造手形については、民法の表見代理に関する規定は準用されないものと解すべきであり(最高裁判所昭和三二年二月七日判決集一一巻二二七ページ参照)、仮にその準用があるものとしても、民法一〇九条、一一〇条、一一二条にいう「第三者」は、手形行為の直接の相手方に限られ、その後の手形取得者を含まない(大審院大正一四年三月一二日判決集四巻一二四ページ等)。ところで(1)、(2)の約束手形の受取人池田繁一は、服部がもつぱら自己の利益を得る目的でこれを振り出したものであることを振出当時十分知つていたものであり、したがつて池田は、服部が(1)、(2)の約束手形を振り出す権限のないことを知つていたものであつて、表見代理に関する民法の規定や商法二六二条、三八条の規定を類推適用すべきではない。

と述べたほか、

いずれも原判決事実記載と同一(ただし、原判決二枚目表九行目に「六月二十日」とあるのを「三月二十日」と訂正する。)であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、

控訴人の方で、

当審証人川本保、池田繁一、服部保夫の証言を援用したほか、いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

甲第一、二号証(代表取締役の記名押印が控訴人の代表取締役の記名押印であることについて争がない。)の約束手形二通の記載自体、成立に争のない乙第一号証から≪省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人は、京都府亀岡市に本店をおく、保津川下り通船、観光、料理旅館、土産物等販売、船舶による貨物運送、土木建築等の営業を目的とする株式会社であつて、京聯自動車株式会社の子会社であるが、控訴人の代表取締役川本直水は京聯自動車株式会社の代表取締役を兼ねている。服部保夫は、昭和二八年二月から昭和三四年五月二五日までの間代表権のない控訴人の取締役であつて、本店において主として営業部門を担当し船による運送(遊船)、配船、観光客のあつせん等の事務に従事しており、職務遂行の必要上常務取締役の名称を使用することを許されていたものであるが、控訴人の運転資金は京聯自動車株式会社から借り入れており、服部は業務繁忙時期は毎月数回、その他の時期は毎月一回親会社の京聯自動車株式会社の事務所に出向き、控訴人の代表取締役川本直水や専務取締役川本保から控訴人の営業経費の支払について承認を受けたうえ、その支払のため代表取締役川本直水の委任に基づいて、服部が保管を託されていた代表取締役の記名と印とを代理して使用し約束手形を振り出していた。服部は、控訴人のため資金を調達し、あるいはそのために手形を振り出す権限をもつていなかつた。服部は、前示のように控訴人の常務取締役として前示営業事務を処理するかたわら昭和三一年三月以後丹波一の宮出雲大神宮の宮司の職にあつた。服部は、同神社の復興資金、同神社の事業としての金鉱開発の資金調達の目的をもつて、控訴人名義の約束手形を振り出し割引を受けようと考えた結果、都島シルバーモータース池田誠宏こと池田繁一に同神社復興資金調達の目的を告げて同人あてに昭和三四年二月二〇日(1)の約束手形(金額五〇万円)、同年三月二〇日(2)の約束手形(金額三〇万円)を、他の約束手形五通(金額計二一〇万円)とともに、代表取締役川本直水の記名押印を代理して振出交付し、京都市内で割引を受けるよう依頼した。従来、服部は控訴人の営業経費支払のため代表取締役名義の約束手形を振り出すにあたつて、会計担当者を経由したものに代表取締役川本直水の記名押印を代理していたものであるが、(1)、(2)の約束手形等の振出にあたつては、会計担当者を経由しないで代表取締役川本直水の記名押印を代理した。(1)、(2)の約束手形には、池田から近畿重工業株式会社に、同会社から被控訴人に順次裏書がなされている。

以上の事実が認められる。前示川本保の証言中右認定に反する部分は前示証拠と比べて信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

控訴人は、(1)、(2)の約束手形の振出は、服部の偽造したものであつて無効のものであると主張するので考えてみるに、前示認定によると、服部は控訴人の営業経費支払のため代表取締役川本直水の記名押印を代理して約束手形を振り出す個別的代理権を有するにすぎず、資金調達の、あるいはそのために手形を振り出す権限を有しないものであるが、自己が宮司をしている神社の復興資金調達の目的で代表取締役川本直水の記名押印を代理して(1)、(2)の約束手形を振り出したものであるから、服部は権限をこえて記名押印を代理したものであり、これを偽造したものではないというべきである。控訴人の主張は採用できない。しかし(1)、(2)の約束手形は、服部が代理権限をこえて代表取締役の記名押印を代理し振り出したものであるから、特別の理由のない限り控訴人は手形責任を負わないものというべきである(控訴人の偽造の主張には、無権代理の主張が含まれているものと解すべきである。)。なお、(1)、(2)の約束手形振出にあたり、服部が代表取締役、支配人のような一般包括的代理(代表)権あるいは番頭手代(部長課長等)などのような一定範囲の包括的代理権(商法四三条)を有しながら、自己の利益を目的として権限を濫用したものであることは、被控訴人の主張立証しないところであるから、服部の前示記名押印の代理は権限超越の代理というほかはない。

被控訴人は、民法一〇九条、一一〇条、一一二条の表見代理の規定により控訴人は手形責任を有すると主張するので考えてみる。(イ)控訴人が、(1)、(2)の約束手形の受取人池田や被控訴人に対し服部に控訴人のため資金調達の、あるいはそれについて手形を振り出すべき代理権を授与した旨を通知したことを確認するに足りる証拠はないから、民法一〇九条を本件に適用する余地はない。(ロ)服部が右代理権を従前与えられ、その消滅後(1)、(2)の約束手形振出にあたり服部に右代理権があるものと池田が信じていたものと認める事実を確認するに足りる証拠はないから、民法一一二条を本件に適用する余地はない。(ハ)民法一一〇条の適用の有無について検討する。服部は、(1)、(2)の約束手形振出にあたり、前示のように直接代表取締役の記名押印を代理したものであつて、服部はその際代表取締役の代理人であることを(1)、(2)の約束手形に表示していないばかりでなく、その直接の相手方である池田に対し服部は自己が代表取締役の記名押印を代理したものである旨告げた事実、あるいは池田にそのことがわかつていた事実を確認するに足りる証拠はない。前示甲第一、二号証の約束手形表面によると、(1)、(2)の約束手形の金額の右側に「服部」の印が押されていることが認められるけれども、これによつて服部が代表取締役の記名押印を代理したことが示されているということはできない。したがつて池田が服部に記名押印の代理権があるものと信ずるということもあり得ないわけであつて、民法一一〇条を適用する余地はないというほかはない。仮に服部が(1)、(2)の約束手形に代表取締役川本直水の記名押印を代理したことを池田が知つており、かつ服部にその代理権があるものと池田が信じていたとしても、池田は前示のように(1)、(2)の約束手形を服部から受け取るにあたり、一の宮大神宮の復興資金調達の目的でその割引を依頼されたものであり、保津川下り通船等の営利事業を目的とする控訴人が公益を目的とする神社の復興資金調達の目的で割引のために手形を振り出したことに疑念をいだくのが通常であつて、池田が少しく注意をし調査すれば、服部に前示記名押印を代理して(1)、(2)の約束手形を振り出す権限のないことが容易に判明したものというべきである。すると服部に右代理権限があるものと池田が信ずるについて正当な理由はないというべきである。次に、およそ手形行為について民法一一〇条を適用あるいは準用すべき場合、同条にいう「第三者」は、手形行為の直接の相手方に限るものと解すべきであるから、前示のように池田から(1)、(2)の約束手形の裏書を受けた被控訴人がたとえ善意無過失であるとしても、同条を適用あるいは準用する余地はないというほかはない。被控訴人の主張は採用できない。

被控訴人は、服部は常務取締役の名称を付された控訴人の取締役であるから、控訴人は(1)、(2)の約束手形について責任を有するものであると主張するので検討してみる。思うに商法二六二条によつて会社が責任を負わしめられるのは、会社が一般に代表権を伴うものとみられるべき肩書の使用を取締役に許容し、かつ取締役がその肩書を使用したことによつて第三者がその肩書に信頼したことを理由とするものであつて、会社がその肩書の使用を取締役に許容したこと自体だけを理由とするものでないと解するのが相当である。これを本件について考えてみるに、前示認定によると服部は手形上常務取締役の名称を使用し、あるいは手形外で常務取締役であることを表明して(1)、(2)の約束手形を振り出し交付しておらず(服部は前示のように代表取締役川本直水の代理人としてその記名押印を代理し、かつ実質上控訴人の代理人としてこれを池田に交付したものであるにすぎない。)、他方、その受取人の池田、被裏書人の被控訴人が、(1)、(2)の約束手形をそれぞれ受け取るにあたり、服部が常務取締役の名称を使用しあるいは常務取締役であることを表明したことによつて、池田、被控訴人が服部の肩書に信頼したものであることを確認するに足りる証拠はない。してみると商法二六二条を適用すべき理由はないといわねばならない。

とすると、(1)、(2)の約束手形は、いずれも服部が代理権限をこえ、代表取締役の記名押印を代理し、かつ会社を代理して交付したものであつて、控訴人は手形責任を負うべきでないといわねばならない。したがつて控訴人に手形責任があることを前提とする被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきである。

そうすると、被控訴人の本訴請求は棄却すべきであり、これと同趣旨でない原判決は失当であつて本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条九六条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 日野達蔵)

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